インフルエンザは心筋梗塞の原因になる?
Good Morning!
最近みつけた面白いトピックの論文を紹介します。
「インフルエンザ罹患は心筋梗塞の原因になるか」というもの。
この著者らは、比較的新しいデザインの疫学研究を行い、「インフル罹患は6倍のリスクとなる。特に冠動脈疾患がない人では17倍となる」という驚きの結果を示しています。
しかし因果関係というのはなかなか言及が難しいもの。どのくらい信頼性がある研究なのか、気になります。
今回はこの論文の解説を行います。
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オランダで16万人を対象にした研究で、インフルエンザ罹患が6倍の心筋梗塞リスクと関連した。
この論文がこちら、 NEJM Evidenceに掲載されたものです:https://evidence.nejm.org/doi/10.1056/EVIDoa2300361
この研究、self-controlled case seriesという比較的新しい研究手法を使っています。どのようなものかというと:
・インフル発症した時をday 1とする
・day 1からday 7(インフル急性期)に発症した心筋梗塞の数 ÷ 7(1日あたりの発症数)が分子(=暴露群)
・(day 7からday 365)と(day -365からday 0)に発症した心筋梗塞の数 ÷ 723(同様)が分母(=コントロール群)
・これを16万人で行なった。
これの何がよいかというと、16万人全員が分子にも分母にもカウントされること。
つまり、一般的な交絡因子がないのです。
しかもこの数。
なかなか信頼性が高そうな結果ではないでしょうか!?!?
この記事ではこの論文を批判的に分析していきますが、データ自体の問題(心筋梗塞をきちんと拾いきれていないなど)は無視することにします。
それより大きな、より根本的な「study design自体によるバイアス」に焦点を当てます。
バイアスの構造を考える(罹患前コントロール)
このstudy designにおけるバイアスの構造を考えるには、コントロール群の性質を、罹患前・後にわけて考える必要があります。
まず罹患前コントロールのバイアスについて考えてみましょう。
✅その一:時間依存性交絡
まず思いつくのは、1年前と罹患時点では心筋梗塞リスクが異なる、ということでしょう。
基本的に年齢を重ねるごとに生活習慣病も増え、動脈硬化も促進していくので、単純に1年前の方がリスクは低いです。
つまり、罹患前コントロールはやや健康的である ⇒ 罹患の効果量はやや過大評価されている、と言えます。
とは言っても、罹患後コントロールは逆にしかりなわけで、これはそれほど問題ないようにも思えます。
*遺伝子など時間に依存しない交絡因子による影響は、このdesignではありませんね。
✅その二:immortal time bias
こちらが割とクリティカルかもしれません。
このstudyに参加するには、1年前からインフル診断までの間、心筋梗塞(など)で死んではいけません!
当然です、死んでしまったらインフルが診断されるはずもありませんから。
すると、罹患前コントロールというのは、「1年間心筋梗塞(など)で死ななかった集団」という選択バイアスが生じています。
罹患前コントロール群の心筋梗塞死亡がゼロ ⇒ 罹患前コントロール群のリスクが過小評価 ⇒ 罹患の効果量は過大評価されている、と言えます。
バイアスの構造を考える(罹患後コントロール)
罹患後コントロールについては、別のメカニズムでバイアスが生じている可能性があります。
✅その一:depletion of susceptible
インフルが原因となる場合、特に心筋梗塞になりやすい人、つまり何か心臓に負担のかかるきっかけで心筋梗塞になるリスクが高い人(感受性の高い=susceptible)が、特にインフルにより発症してしまうわけです。
そういう人たちは、暴露群定義の7日間のうちに心筋梗塞を発症、もしくは心筋梗塞により突然死してしまいます。
すると罹患後コントロールというのは、彼らが強力な心筋梗塞二次予防を受けている状態、もしくは死亡により除外された集団ということになります。
そのような集団は比較的健康であるため、罹患後コントロール群のリスクが過小評価 ⇒ 罹患の効果量は過大評価されている、というバイアスになります。
*このバイアスは「インフルが心筋梗塞の原因になる場合」のみに当てはまるものです。原因でない場合はもちろんそのような事象は起きません。しかし、これは原因になることを前提とした研究です。
全てのバイアスが「罹患の効果量の過大評価」につながる
解説してきたバイアスは、全て効果量の過大評価につながっています。
つまり「リスク6倍」というのは言い過ぎ、ということを意味しています。
実は、インフル罹患が心筋梗塞の原因になることは、メカニズム的にも過去のRCTでも示されており、まあ事実だろうと認識されています。
この研究では、「具体的に何倍のリスクか」ということを確かめたかった。
しかし、study design自体により効果量が過大評価されてしまっているわけです・・・。真実はいかに、となってしまいます。
交絡因子が完全にない(と思える)ようなデザインでも、いろんなバイアスが生じてしまうんですね・・・なかなか奥ゆかしいです。
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ではまた!